症例:65歳男性
【主訴】咳嗽
【現病歴】
来院の3-4週間ほど前から咳嗽を認めている。近医のSARS-CoV PCR検査は2回陰性であり鎮咳薬を処方されたが改善しなかった。数日前から寝ると咳嗽が出現し息苦しく眠れないという症状もあり検査目的に来院された。
【既往歴】2型糖尿病
【内服薬】メトホルミン、ロスバスタチン、オルメサルタン
【生活歴】独居、喫煙歴:なし、飲酒週間:なし
【来院時バイタル】
HR90、BP120/80、SpO2 91%(RA)、RR20、BT37.6度
独歩で入室し重篤感はない
Question①:この時点で追加で聴取すべき病歴はなにか
患者の主訴は咳が続いていて辛いというものである。経過としては3-4週間前で急性咳嗽より長期化しており、定義的には遷延性咳嗽である。感染後咳嗽、後鼻漏、咳喘息などがコモンであるが初診時は緊急性のある疾患を除外する必要がある。
この時点で緊急性のある疾患として肺癌、肺結核、心不全、間質性肺炎などであろうか、それも念頭に病歴聴取を追加していく。
病歴の聴取はよく「聞くだけでありありとその場面が想起されるように」と言いますが、この病歴ではイメージがつきにくいと思います。この場合どうすればより良い病歴を取れるでしょうか。ポイントは「病歴の具体化」です。
実際にやってみましょう。
「3-4週間前からの咳」ということですが、それより以前は咳はありませんでしたか。なにか咳が始まる前になにか誘引はありましたか。具体的には何をしているときに気がつきましたか。何をするときに咳がよく出ますか。痰が絡みますか。
→これまで持続する咳嗽の自覚はない。4週間前に特に誘引なく体動時の咳嗽を認めるようになった。痰が絡むことはない。2週間ほど前から体動時以外にも咳嗽が出現し頻度も増加傾向であった。数日前から夜寝ていると咳嗽が増悪し寝られないため受診した。
これで咳嗽については少し補足できました。次に周辺情報を追加していきましょう。咳以外の症状はありますかという質問から始めましたが、特にないと返事がありました。その場合さらにclosedに質問をする必要があります。鑑別疾患の可能性を上げ下げするような質問を追加する必要がありますが、この場合は呼吸困難感、体重減少/増加、下腿浮腫、胸痛などを確認します。
→呼吸困難感なし、体重変化なし、下腿浮腫なし、胸痛なし、その他自覚症状なし
呼吸困難感の有無は「息が苦しい感じがありますか?」と聞けば良いでしょうか。経過が長くなると聞き方を工夫しなければうまく聴取できないことがあります。その場合は日常生活の動作と関連付けて聴取しましょう。階段を登るとき息がきれませんか、平地歩行や早歩きはどうですかなどの質問をしてみます。負荷が強い動作から聞くと良いです、これも「病歴の具体化です」。この患者さんは特に仕事や趣味はなく、階段歩行が比較的負荷が強い動作と考え聴取してみました。
→咳嗽が出始めた頃から階段を登るときに息切れが出現するようになった。平地歩行ではそれほど感じない、診察室に来る時も途中で休んだりは必要なかった。
以上から現病歴は
これまで持続する咳嗽の自覚はない。4週間前に特に誘引なく体動時の咳嗽を認めるようになった。同時期から階段を登る時の息切れを自覚するようになった。2週間ほど前から体動時以外にも咳嗽が出現し頻度も増加傾向であった。近医のSARS-CoV PCR検査は2回陰性であり鎮咳薬を処方されたが改善せず、数日前から夜寝ていると咳嗽が増悪し寝られないため受診した。息切れの自覚症状は増悪しておらず、平地歩行では息切れは生じない。喀痰は認めず、体重変化や下腿浮腫、胸痛も自覚もない。
となりました。
症例続き
【来院時現象】
頭頸部:眼瞼結膜蒼白なし、頸静脈怒張なし
胸部:心雑音なし、両肺背側にfine craklesを認める
下肢:下腿浮腫なし、皮疹なし
Question②:fine cracklesの臨床的意義
fine craklesとはそもそもどういった所見なのでしょうか。
crackesは断続性ラ音であり音の質でcoarse cracklesとfine cracklesに分類されます。coarse cracklesは粗い丁重音(ブツブツ)、fine cracklesは持続時間が短く高い音(パリパリ)です。fine cracklesのイメージは吸気時に閉塞していた小気道や肺胞が広がる時の音と表現されます。吸気の最後の方にアクセントがある断続音であり、late-inspiratory crasklesとも言われます。
fine cracklesは間質性肺炎で特徴的な所見と言われています。290名の間質性肺炎患者を調査した報告では初診時にIPF患者の93%、非IPF患者の73%にfine crackesを認めたと報告されている(BMJ Open Respir Res.2021;8(1):e000815.)。本症例の場合は両肺びまん性にfine cracklesを認めていたことから間質性肺炎、肺水腫やウイルス性肺炎、非定型肺炎が鑑別上位と考えた。
続いて採血とレントゲン、胸部CTをオーダーした
WBC14800(Neu 88.7% Lymph 6.3% Eo1.3%) Hb11.9 Plt37.7万
TP8.3 Alb3.8 T-Bil0.75 AST15 ALT7 LD279 CK84 BUN17.4 Cre1.15 CRP8.6 Na138 K4.2 Cl103 Ca9.6 HbA1c8.0 血沈1hr100 血沈2hr110
PH7.4 PCO2 40 HCO3 23.1
胸部レントゲン:両肺びまん性のすりガラス影あり、CTR 40%、CPA sharp
胸部CT:以下
RAではSpO2 90%前半が維持できていましたが、検査のため歩くとSpO2 80台まで低下を認めています。独居の患者さんであり入院での精査加療の方針となりました。
Question③:びまん性肺疾患の初期対応
びまん性肺疾患に含まれる疾患は以下の通りです。
特発性間質性肺炎、膠原病関連、薬剤性肺疾患、感染症、悪性腫瘍関連、放射線肺臓炎、循環器関連の肺病変(肺水腫、肺梗塞など)、肺胞の分泌物(肺胞出血、肺胞蛋白症、肺胞微石症など)、その他の疾患(アミロイドーシス、サルコイドーシス、好酸球性肉芽腫症、LAM、その他浸潤性疾患)などです。
ポイントは
①特発性間質性肺炎以外の原因を検索/除外する
②特発性間質性肺炎であればどの病型なのかを考える
③重症度を考慮して治療方針を決める
①特発性間質性肺炎以外の原因を検索/除外する
膠原病系:口内炎、眼症状、関節炎、皮疹(ヘリオトロープ疹、Gottoron徴候など)、日光過敏、レイノー現象、乾燥症状、しびれ、筋肉痛、爪周囲紅斑/爪郭毛細血管異常などをチェックする。想定している膠原病としては関節リウマチ、皮膚筋炎/多発筋炎、強皮症、MCTD、SLE、Sjogren症候群、ANCA関連血管炎などである。
検査では抗核抗体、RF、抗CCP抗体、抗SS-A/B抗体、抗ARS抗体、抗MDA-5抗体、ANCA、補体、免疫グロブリンなどから各膠原病らしさを考慮して適宜提出します。またステロイド使用の可能性が高い場合はステロイド前採血を追加しておきます。
職業歴/環境暴露歴も鑑別に非常に重要です。粉塵暴露、アスベスト暴露、木造家屋(カビ)、ペット(トリなど)、不潔な加湿器/エアコン、羽毛布団、循環風呂、家庭菜園(鶏糞)などをそれぞれ確認する。加えて喫煙歴、薬剤歴や既往歴(悪性腫瘍、放射線治療歴、免疫不全の有無)を確認します。
慢性過敏性肺炎 CHPの原因の半数はトリ抗原と言われており、カビ関連を合わせると8割程度を占める。抗T.asahiiの感度/特異度は90%とされる。特異的な抗体であるイムノキャップ特異的IgG鳥が検査できる(特異度73-80% 日本呼吸器学会雑誌 2010;48:328-367.)ため疑えば提出する。
市中肺炎、心原性肺水腫に関しては否定できなければ治療してしまうのが良いと考えられる。BNP<100pg/mlをカットオフとすると陰性的中率94%という確率で除外に有用とされているため参考にする。
他に検討できる検査としては気管支鏡検査(BAL/肺生検)、外科的肺生検がある。びまん性肺疾患の診断に気管支鏡検査は必須なのだろうか。
BALは感染症(PCPなど日和見感染)、肺胞出血、好酸球性肺炎、肺胞蛋白症、Langerhans細胞組織球症の診断に有用である。これらを疑うもしくは除外すべき状況では施行する必要がある。逆にこれらを積極的に疑わない場合にはスキップも検討される。本症例は専門施設が遠方でありこれらを疑う所見は乏しいと判断し施行しなかった。
外科的肺生検などの侵襲的な検査は特発性間質性肺炎の病型分類/診断に有用であるが、身体的な負担からなかなか施行できていないというのが現状です。
これらから疑わしい鑑別疾患を絞り込みます。
本症例では新規薬剤はなし、喫煙歴なし、職業はエンジニア、抗原暴露の病歴なし、ペットなし、鉄筋コンクリートのマンション、羽毛布団なし、家は綺麗、最近加湿器は買い換えたという感じでした。膠原病を疑うような身体所見もありませんでした。
②特発性間質性肺炎ならどの病型なのかを考える
本症例では明らかなびまん性肺疾患の原因は示唆されず、特発性間質性肺炎の可能性が高そうです。病理検査を行わない場合は、経過と画像所見から大まかに病型を分類します。
重要な画像パターンとしてはUIP、NSIP、OP、DADがあり、これらのうちどれが近いかを考えていきます。ポイントはまずUIPパターンではないかを考えることです。
UIPパターン:両側胸膜直下、病勢は不均一、蜂巣肺
が重要であり。これらに当てはまるかをまず考えます。本症例は胸膜直下、蜂巣肺と言えるような所見は乏しく、陰影は比較的均一に見えます。UIPパターンではないと判断しました。
NSIPパターンは均一なすりガラス影、胸膜直下は障害されにくい特徴があります。OPパターンは器質化したconsolidation、DADパターンはびまん性広範囲のすりガラス影+浸潤影(NSIPより濃い)と表現されます。本症例はNSIPパターンではないかと考えました。
病型分類とはずれますが、画像だけでいうと一部air trappingと取れる部分もあり過敏性肺炎の可能性も残りそうです。
経過は亜急性でありNSIP or CHPの可能性があるのではないかと考えました。
③重症度を考慮して治療方針を決める
治療方針は重症度/緊急性に応じて決定します。例えば挿管管理を要する呼吸状態であれば市中肺炎をempiricに治療しつつステロイドパルスを施行する必要があるでしょう。酸素化に全く問題がない場合はすぐにステロイド治療は開始せず、鑑別をしつつ画像フォローが可能になります。
本症例の場合はどうでしょうか。1ヶ月程度の亜急性経過でO2 1L/minで体動時もSpO2>90%確保できていたことから、ステロイド治療は先行せず入院して経過を見ることにしました。CTRX+AZMで市中肺炎をカバーしつつ、入院したことで抗原回避できるためCHPの鑑別も可能と考え、1週間程度見て臨床症状が改善しなければステロイド1mg/kg/dayで開始する方針としました。抗原隔離に関しては2週間という期間を設けていることが多いですが、何もせず2週間入院継続できるかは各施設や患者さんの都合と相談する必要がありそうです。経過中にどんどん酸素化が悪化する場合にはステロイドパルスと高度医療機関への搬送というプランを検討していました。
結局本症例は市中肺炎としての加療を行なってもO2 1L/minの酸素需要は変わらず、若干咳嗽が減ったという点でCHPの可能性もあると考えましたが、1週間程度で酸素需要が大きく改善しないことを持ってPSL1mg/kg/dayの治療に踏み切りました。この頃には検査結果は全て返ってきており、自己抗体など全て陰性でした。
Question④:ステロイドの減量プラン
NSIPとした場合のステロイド投与量や期間、減量方法には決まったものはないとされています。
通常PSL 0.5-1mg/kg/day(最大60mg/day)を1ヶ月、その後30-40mg/dayをさらに2ヶ月投与する。治療が奏功/状態が安定した場合には、半年で5-10mg/dayまで減量し、少なくとも1年で中止を試みるとされています(Respirology.2016;21(2)259-268.)。最近ではさらに早い減量プロトコルが検討されていますが、やはり決まった方法はなく疾患のステロイド反応性やしぶとさから減量プランを考える必要があります。
ステロイドは累積投与量が増えることで合併症リスクが増大することが知られています。本症例も65歳と比較的高齢であり可能であれば早期減量を検討したいと考えました。治療開始後2日で酸素投与終了でき反応性は良好であったことから、2週間おきに10mgずつ減量し、30mgからは5mgずつ減量することとした。
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