Case 1-2024

NEJM Case Records

【症例】
25歳妊婦がヘビに噛まれた後の膣からの出血で受診した
1時間前の散歩中にヘビに左下肢を噛まれ、めまいや腹痛、左下肢痛を訴えていた

意識清明、HR134、BP100/60、RR20
軽度の結膜蒼白、左下肢は発赤/腫脹し圧痛を伴っておりターニケットで締め付けていた、下腿に2本の牙跡が認められた
下腹部全体の疼痛と間欠的な子宮収縮、膣からの出血も認めている
触診で胎動を認めており胎児心拍は112/分であった

Hb7.0g/dL、Plt36000/μL、BUN145mg/dL、Cre8.9mg/dL、尿潜血+
20-minute whole blood clotting test で凝固異常を認めた

患者はカメルーンの北部に家族と住んでおり、妊娠7ヶ月で妊婦健診は受けていなかった。過去に6回の妊娠歴がある。それ以外の既往歴や家族歴はなかった。

⚫︎妊娠第3期の出血
妊娠に関連する原因と関連しない原因に分けられる

◉妊娠に関連する出血
placenta previa(前置胎盤)、placental abruption(胎盤剥離)、ruptured uterus(子宮破裂)、subchorionic hemorrhage(絨毛膜下出血)

・Placental previa(前置胎盤)
胎盤の全てもしくは一部が子宮下部に位置している状態
妊娠第3期の出血の原因として最も多い
この患者で膣からの出血+間欠的な子宮収縮の病歴は前置胎盤に矛盾はなく、危険因子である若年での多胎歴があった(危険因子として中絶歴、前置胎盤の既往、多胎妊娠歴、子宮筋腫、高齢妊娠、喫煙がある)
前置胎盤は妊娠中期の超音波検査で診断できるが、この患者は受けていなかった
前置胎盤では血小板減少や凝固異常をきたす可能性は低い
超音波検査を行うリソースがなかったが、低位胎盤の存在を除外するため膣検査を行なった

・Placental Abruption(胎盤剥離)
妊娠中に胎盤が早期に広範囲剥離することである
この患者では膣からの出血は見られたが、胎盤剥離に特徴である突然発症の持続性の腹痛(刺すような腹痛)は認めなかった、膣からの出血は黒っぽくなく子癇前症の徴候もなかった
胎盤剥離は高血圧/子癇前症、葉酸欠乏、腹部外傷、コカイン使用歴などと関連する可能性がある。超音波検査で診断される。

・子宮破裂
子宮の瘢痕、直接外傷、機械的難産のリスクがないので可能性は低いが、重大な病態であり必ず考慮すべきである。
膣からの出血はわずかで激痛を伴うことが多い、触診で子宮高位に胎児を触れるがこの症例では低位であった

・絨毛膜下出血
他の原因と比べると稀である
暗赤色ではなく鮮血の膣からの出血を認めており、頻脈と頻呼吸などの所見も絨毛膜下出血とは一致しない

◉妊娠と関連しない出血
妊娠関連の原因を考慮することは常に重要であるが、血小板減少や凝固異常の存在は出血を説明しうる原因の可能性がある
来院1時間前にヘビに噛まれたと訴えており、中毒(?)envenomationが最も疑わしい。
ある種のヘビからの毒 Venomは snake venom phospholipase A2(PLA2)の影響で、凝固障害を引き起こし、妊娠中の間欠的子宮収縮をきたす可能性がある。
フィブリノゲンやFDP、プロトロンビン時間などの標準化された検査はヘビ毒による凝固障害の診断に最も感度の高いものである(この病院では利用できなかった)
カメルーン北部ではcarpet viperによる毒でこの種の凝固障害を起こしうる。本症例のヘビはcarpet viperとして知られるEchis ocellatusと同定され、咬傷によるdissminated intravascular coagulation(DIC)と診断された。

【Discussion of pathophysiology】
サブサハラアフリカに生息するE.ocellatusは、複雑な酵素、ペプチド、メタロプロテイナーゼなどを含む毒を持つ。

ヘビ毒はNO、アナフィラトキシン、ヒスタミン、サイトカイン、エイコサノイドなどの合成と放出を伴い強力な炎症反応を引き起こす。マクロファージと白血球が患部に動員され、血管透過性亢進と滲出液を形成する。滲出液は炎症と組織障害を引き起こす。
ヘビ毒にはホスホリパーゼ(PLA2など)、メタロプロテアーゼ、セリンプロテアーゼやその他の細胞毒素が含まれており、咬傷後の症状を引き起こす。PLA2酵素は筋繊維の膜リン脂質を分解したりすることで筋破壊を引き起こす。この細胞膜の破壊はCaの流入を伴い筋繊維の持続的な収縮や不可逆的な損傷、ミトコンドリアの機能不全を引き起こす。またベビ毒のメタロプロテアーゼにより毛細血管のⅣ型コラーゲンが分解されることで筋損傷は悪化し、メタロプロテアーゼやヒアルロニダーゼによる微小血管障害で他組織の障害も生じる。
ヘビ毒のメタロプロテアーゼやセリンプロテアーゼは凝固促進タンパク質であり、第Ⅴ/Ⅹ因子やプロトロンビンを活性化するとともに、トロンビン様酵素として作用する。加えてフィブリノゲンやフィブリンを加水分解する。C型レクチンタンパク質の発言とヘビ毒メタロプロテアーゼによる微小血管障害は血小板レセプターのブロックしたり、von Willebrand因子との直接相互作用により血小板機能障害を引き起こす。これらによりDICを起こし全身性出血の原因となる。
PLA2sの直接的な細胞毒性作用は全身性出血、血管障害、糸球体基底膜の分解による虚血と相まってAKIを引き起こす。また子宮平滑筋の膜リン脂質とアデニル酸シクラーゼ活性に対するPLA2sの作用が子宮収縮を引き起こした可能性がある。

【Discussion of management】
ヘビ咬傷のマネジメントはヘビの種類によって異なる。
全てのヘビが毒を持っているわけではなく、全ての患者に抗毒素が必要なわけではない。抗毒素は咬まれてから数日後でも効果があることは忘れてはいけない。したがってヘビの正体が不明な場合には経験的に抗毒素を投与するのではなく、毒性発現を待つことが賢明である。
ヘビ毒のマネジメントにはいくつかの重要なステップがある。まずは患者を安心させ安静にさせることであり、毒の体内での拡散を抑えることができる。可能なら患者を回復体位(嘔吐時の気道を確保するため、上肢を曲げ横向きにする)にする。
迅速な評価を行い必要なら蘇生を行い、可能ならヘビの同定を行う。臨床検査は凝固検査に重点を置いて行われ、20-minite whole-blood clotting testは資源の乏しい環境で簡単に行うことができ有用である。痛みに対して鎮痛薬を投与する。
毒素による症状があれば抗毒素の適応となる。例えば止血障害、神経毒性症状、患肢の半分以上の腫脹や急速な拡大、心血管系の異常、AKI、全身性の毒性を疑う検査所見などがある場合である。
しかし抗毒素を使用するかは最終的には臨床状況から判断し、抗毒素によるデメリットとメリットを天秤にかける。抗毒素は副作用を迅速に特定し対応できるように慎重に投与すべきである。急性毒性作用(アナフィラキシーや発熱)、遅発性反応(血清病など)を含む重篤な副作用に対してはエピネフリンが適応となる。重篤なアナフィラキシーは多くの場合は1時間以内に起こる。
創部を清潔にし感染や壊死の徴候がないか、家族などが切開した形跡がないかをチェックする。ショック状態の患者には破傷風トキソイドと抗生剤による治療を行い、高度医療機関へ搬送する。

【Follow up】
患者が救急に受診した直後に抗毒素(Inoserp PAN-AFRICA) 2バイアルを生食250mlに溶いて投与した。3時間後、6時間後に2回目、3回目の投与を行なった。抗毒素の投与にもかかわらず20-minute whole-blood clotting testで血栓形成は認められなかった。
入院2日目はHb7のままであり、2 pintsの全血輸血が行われた。鎮痛薬、グルココルチコイド、プロメタジンも投与された。
入院3日目に膣からの出血と骨盤痛が悪化し陣痛の徴候が見られた。4回目の抗毒素投与が行われ3時間後の診察では子宮頚管が5cmと拡張しており、出血は認めなかった。骨盤痛は持続し、20-minute whole-blood clotting testで凝固障害が持続している初見であった。
入院4日目に患者は男児を出産した。児の体重は3400gであった。分娩中に中等度の子宮頚管裂傷と出血があったが、修復により出血は止まった。さらに4 pintsの全血輸血がされた。約2時間後に膣からの出血が再燃し、再度抗毒素を投与しさらに2pintsの輸血をした。患者はPoliから3-4時間程度かかるガルーア地域の三次医療機関へ車で搬送された。
2つ目の病院に到着した時、患者の出血は止まっていたが血清Creは8.9であった。さらに2 pintsの輸血をされ、抗毒素と輸血による治療にもかかわらず4日後に患者は死亡した。

【Advocacy and call to action】
ヘビ咬傷は公衆衛生的な問題である。
サブサハラアフリカなどの熱帯地域では年間2万人が死亡しており大きな問題である。
2015年にカメルーンでは早期発見と対応の強化を目的に監視システムが構築された。カメルーンでは2018年から2022年で40518例のヘビ咬傷が登録され、そのうち1056例(2.6%)が死亡した。

・妊娠中のヘビ咬傷
妊娠中のヘビ咬傷は稀であるが発生した場合、母体と児の両方の重大な死亡率に関連する。南アフリカ、スリランカ、インドの研究では妊娠中のヘビ咬傷の有病率は0.4-1.8%であった。稀ではあるが本症例のように重篤な有害事象を伴い、報告された症例の4%程度で母体死亡、20%で胎児死亡が生じている。母体合併症には分娩前出血、凝固障害、自然流産、陣痛、腎障害などがある。
抗毒素の安全性は確立されていないが、妊産婦のヘビ咬傷に用いることができる。
この患者はヘビ咬傷後1時間で病院に到着した。通常患者は伝統的な治療者に治療を求めたり、根拠の乏しい治療を受け2-3日後に受診することが多い。抗毒素が使用可能かという問題もあり、ヘビ咬傷が最も多いカメルーン地域でも通常困難である。例え使用できる状態であっても平均月収が60ドルに満たない地域で、その費用は100-200ドルと高額である。この病院は抗毒素を無料で提供する研究に参加しており、すぐに入手することができた。
抗毒素はヘビ咬傷に対する最も有効な治療法であることが多く、カメルーンでは全てのヘビ毒に効果があるわけではないが、Inoserp抗毒素しか利用できない。

【本邦のヘビ咬傷について】
沖縄と奄美諸島を除くと8種類のヘビが生息しており、毒ヘビはマムシとヤマカガシである。マムシ咬傷は年間3000例以上発生しており、数例死亡例が報告されている。ヤマカガシによる咬傷は稀であるが、毒が強く死亡例も報告されている。
マムシの牙痕は1cm前後の感覚に針を刺したような傷を2つ認めることが多い特徴があるが、ヤマカガシでは複数の牙痕を認め無毒ヘビと区別がつかない。

マムシ毒は多くの酵素を含み、さまざまな毒性を示す。
腫脹によるコンパートメント症候群、横紋筋融解、急性腎不全、神経障害(複視や外斜視など)が特徴であるがこれらは1-2週間で警戒する。そのほか心筋障害、DIC、血管内に直接毒が注入されたことによる急激な血小板減少の報告もある。

ヤマカガシ毒は単純で血液凝固作用のみを引き起こす。プロトロンビンを活性化し血管内凝固を引き起こし、これにより顕著にフィブリノゲンが低下し出血傾向を呈する。血管内凝固によるAKI、出血症状で重症化しうる。

・抗毒素療法
マムシの抗毒素として乾燥まむしウマ抗毒素の投与を検討する。
毒素を中和する効果が期待され重症化の予防に効果があると考えられているが、副作用としてアナフィラキシーが3-5%、血清病が10-20%と高率に認められてるためメリット/デメリットの計算が重要となる。一般的に重症例では使用した方が良いという意見が有力である(投与が遅れたとして過失を認めた判決がある)
血清病とは可溶性の抗原を大量に投与することで免疫複合体が組織に沈着し、いわゆるⅢ型アレルギーを引き起こすことである。投与1-3週間程度で発熱、皮疹、関節痛、リンパ節腫脹、腎炎、血管炎、心膜炎などを引き起こす。自然軽快が期待できる疾患であり、エビデンスはないが重症例ではステロイドを投与する。

ヤマカガシの抗毒素は市販されていないので、「日本蛇族学術研究所」に連絡をとり提供を受ける。

【Disseminated Intravascular Coagulation DIC】
DICは凝固と線溶の同時活性化によって生じる。
重症敗血症、播種性悪性腫瘍(特にムチン産生膵癌)、胎盤剥離や子癇などの妊娠関連の病態が関連する。
初期の病態は広範な内皮障害と循環性凝固促進物質が関与し、血小板と凝固因子の消費を伴う播種性微小血管内血栓と、溶血につながる赤血球剪断障害を引き起こす。
管理は主に原疾患のコントロールに向けられ、必要に応じて血小板/FFPなどの輸血でサポートされる。

【参考文献】
NEJM Case Records of Massachusetts General Hospital Case 1-2024
INTENSIVIST 「特集 中毒 (自然毒中毒)」
MKSAP 19 「Hematology Bleeding Disorders」

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